日本は1941年以来、米英その他の連合軍と4年間にわたる死闘をくりかえし敗れ降伏した。しかし、敗戦もまじかになってソ連が参戦し、武装解除後も攻撃の手を緩めず南進をつづけ、ソ連軍による悲惨な結果をまねいた。しかも、70万もの日本軍や民間人をソ連国内の強制収容所に拉致し、極寒と飢餓の中で長年にわたって労働に従事させ多くの犠牲者を出した。

関東軍 戦争孤児 シベリア開発 東京裁判  香月泰男 北方領土問題 日露戦争 日ソ中立条約 NHK深夜便心の時代 石原吉郎 ハバロフスク裁判 収容所群島 日独伊三国同盟 学徒出陣 カチューシャ 収容所から来た遺書 鳩山一郎 近衛文麿 辺見じゅん 抑留死亡者名簿 抑留体験 遺骨収集 避難民 戦争と平和 斎藤六郎 朔北会日本赤十字社 ペレストロイカ 洗脳教育 ノモンハン事件 大東亜戦争 慰安婦 戦争犯罪 ポツダム宣言 日本国憲法 三波春夫 吉田勇 瀬島龍三ロシア外交 シベリア戦友会 月刊朝日 週刊朝日グラフ 辻政信 ソ連国立公文書ダモイ 満州帝国 ノルマ オーロラ 人民裁判